奇岩のはなし
古くから文人・墨客にしたしまれてきた墨絵の世界で、阿波名勝案内によると「吉野川ここに至りてもっとも狭く墨絵の妙をきわむ」と言われる美濃田の淵。
淵に浮かぶ奇岩・怪石は、その姿形のめずらしさから、「うなぎ巻き石」「獅子舞岩」「乳次郎岩」「千畳敷」「コイ釣り岩」などと名前が付けられて、それにまつわる話が残されています。
与作の岩
与作という男が昔、梅雨時の雨で増水した淵で、岸辺に流れついたタキギを集めていた。
タキギは次々と流れついたが、与作は足を滑らせて濁流にのまれてしまった。 一度、浮かび上がって岩に手をかけたが、そのまま沈んでしまったという。 そのときの岩を与作の岩と呼んでいる。
雄釜・雌釜
雄釜・雌釜はおう穴(けつ)と呼ばれ、吉野川の洪水のたびに、たたきつけられる小石や砂が、長い年月の間にうがった穴です。
この雄釜・雌釜は川底でつながっていると言われ、伝説が語り継がれています。
- その昔、この地方一帯をおそった大干ばつのおり、農民たちは言い伝えにしたがって雨乞いの儀式を行うことになりました。
- 村の社(やしろ)にまつられている竜王神のご神体を、雄釜に沈め、祈祷を続けると大雨が降りだし、ご神体は向い側の雌釜に浮かんでくるのです。
- 村人たちの願いどおり、大雨は降りましたが、どうしたことか、ご神体は雄釜にも雌釜にも浮かんできません。困り果てた村人たちは長老と相談したあげく、海女をやとってご神体を取り出してもらうことにしました。
- 底知れぬ不気味に静まる雄釜の中へもぐっていく海女が、無事にご神体をもって出て来るのを、村人たちは今か今かと心配げに見守っていました。
- どのくらい待ったでしょう………。
海女の呼吸も限界を越えたと思われる頃、顔面蒼白となった海女が、ご神体をしっかりと抱えて水面 に上がってきたのです。 - よろこびにわく村人たちに、色失った海女は「二度ともぐる所ではありません……」と言い知れぬ恐怖にひきつった顔で告げたのです。
海女は底知れぬ釜の中で何を見たのでしょうか……。
それ以来、現在もこの釜には誰も、もぐる人はありません。